T-08



席に着いて、買ったばかりの紙パックにストローと入れたところで、自習室の扉が開いた。
廊下からは急いで階を上がって来た者の足音や、チューター室で所謂制服である白衣を羽織る音と話し声がざわざわと聞こえてくる。
時計の短針は4、長針は12を指していた。

山崎先生や土方先生、総悟先生らチューターが自習室を周り始めたところで塾長が自習室に入ってきた。

塾長が自習室に入ってくるなんて珍しい。

そう思いながら、その後ろへついてくる人を見やると、なんと昨日2度も出くわしたあの銀髪のヤツが歩いているではないか。

私は、持っていた紙パックを落としそうになり、急いでそれを落とさないように力を入れると、変なところに力が入ったらしく、気管に紅茶が入って、ゴホゴホと物凄い勢いでむせ出した。

「えー、みんな勉強中に悪いが新しくこの塾に加わったやつを紹介する。」

という塾長の言葉を背にしながら、自習室を出ていく。
廊下に出ると、案の定誰もいなくて、階段に座って自分の胸を叩く。
それでも尚、おさまりきらないむせ返り。

だから、なんでこうも立て続けに・・・!

いい加減に、この仕組まれたような人々との出くわしに、苛立ちをぶつけるように自分の胸を叩きまくった。







まだ、時たまコホとむせ返るものの、少しはおさまったらしい。
今日何度目かのため息をつくと、それと同時に自習室の扉から出てくる土方先生と目が合った。まだ整わない浅い呼吸を続けながら、「よっ。」と掛けてくれた挨拶を返そうとするもまだ整わない私の喉が、おはようございますという言葉を阻止する。「大丈夫かよ。」なんて微妙に笑いながら話し掛けてくる土方先生に、むせたという3文字を途切れ途切れに発するので精一杯だった。

「しっかし、これまたやる気のなさそうな奴が入ってきたよな。」

土方先生が息を整える私を見やりながら、廊下の壁に寄っかかって話し掛けてくる。ようやく喋れるようになった私は、はあはあと息をつきながら言葉を返す。

「あの人って、何なんですか?」

私が疑問を投げかけたところで、土方先生の後ろから声がした。

「何なんですかとは冷てェじゃねェか。銀さんちゃんと自己紹介したんですけどォ?」

ゲッ、噂をすれば何とやら。

土方先生の後ろからひょっこり顔を出した噂の男にギョッとする。

「さっきむせてたみたいだけど大丈夫〜?」
「あ、大丈夫です。昨日は・・その、ありがとうございました。」
「おぉ〜、こちらこそありがとうなァ。」

この人の語尾はいつでも延びっぱなしなんだろうか。
そんな冷静な疑問を胸の内に浮かべながら、感じる視線の主を追うと「昨日はって何だ。」と言いたげな顔でこっちを見ている土方先生と目が合う。

そんな怪しげな目で見つめられても困るんですけど・・・!

「ちょっと、そんな目で見るのやめてくれませんか?俺はふつーに道案内してもらって、帰りに駅まで送っただけなんですけどォ。」
「るせェな、そんな死んだ魚みてェな目ェした奴の言うことなんて信じられっかよ。まさかあんたみたいなやる気のかけらもなさそうな奴が近藤さんと一緒の研究チームであれだけの功績残したなんて、俺、本当に信じたくねェわ。」
「え?なに、あのゴリラと知り合いなの、多串君。」
「誰が多串だ!」
「じゃあ自己紹介してくんない。」
「・・・土方十四郎だ。」

本当に今日初めて会った2人なのだろうかと思えるほどポンポンと弾む会話に、私は階段に腰を下ろした腰を上げることなく、ただ呆然と座って、交互に言葉を交わす彼らのやりとりを見ていた。土方先生がふてくされたような態度で名前を言ったところで、そういえばこの人の名前ってなんだろうという次なる疑問をぶつけるように銀髪のその人を見つめると、目が合ったところですっと手が差し出される。

「坂田銀時デス。」

この手の目的はシェイクハンズ?
だからさっき、『銀さん』って言ったのね。
っていうか、近藤さん云々って?

色んな思惑が頭で交差しながらも、私もとりあえずその手を握り返した。

です・・」

私の自己紹介を終えて、私らの手が離れたところで階段から総悟先生が上ってきた。

「あー、土方さん。と、仮塾長さんだー。」

そう言いながら2人の顔を交互に見やりながら。土方先生と坂田さんの横まで総悟先生が上がってくる。「おー、それにさんじゃん。」なんて言う言葉と共に目が合い、「むせたのは大丈夫かィ?」なんて聞かれるから、見られてたのか・・・!なんてショックを受けながら、大丈夫ですありがとうございます、と返した。

ていうか・・・


「仮塾長ォォォオオオオオ?!!!」

私の叫びに土方先生が言葉を繋げる。

「なんでも塾長が新しい塾の設立とかで忙しいからこの人が入ってきたんだと。塾長の代理って形になるらしいぜ。ったく、世も末だな。」

信用してないような目線を『坂田仮塾長』に向ける。それに対抗するように間を空けず今度は坂田さんが話し出す。

「いや、俺だって別にやりたくて受けたんじゃないよ?けどあのババァがやれだのやらないと殺すだのうるせェから・・・」
「銀時ィィイイイ!!!ごちゃごちゃ言ってねェでとっとと仕事しろやボケェェエエエ!!!」

塾長の怒声が廊下に響き渡ると、「ヘイヘイ。」なんて言いながら、肩を落とした坂田さんが塾長の方へ歩いていく。「そんじゃあなァ。」と振り返り、一言残した彼は私を含めたこの3人を残し、教員室へと消えていった。



「掴めない人でさァ。あんなんが近藤さんのパートナーだったとはねィ・・・。」
「俺も信じらんねェ・・・。人は見た目じゃわかんねェっつーか、なんつーか・・。」
「土方さん、俺もあんたが学年主席なんて信じられやせん。」
「うるっせェなお前はいちいち!」

いつものいびり合いが始まったところで、ようやく私も重い腰を持ち上げた。んー、と体の奥から声を出し、背中を伸ばしていると、なにやら土方先生待ちの生徒がいるらしいことを総悟先生から告げられた土方先生は下の階へと下りていった。私も背伸びをし終えたところで階段から降り、2人で自習室へ戻る。

さん、昨日から進んだかィ?」
「あ、先生のおかげで順調です。」
「それは良かった。化学は今何やってんでィ?」
「酸化・・還元・・・」
「何でィ。楽勝じゃねェかィ。次の期末でお前20位以内は余裕だな。」
「えっ!その・・・私、酸化還元のとこって苦手で・・・」

総悟先生の少し後ろを歩いていた私は苦笑しながら立ち止まると、目の前の背中がくるっと半回転する。

うわっ、ビックリした。

「はァ?理系が酸化還元苦手だァ?あれ出来ねェとこれから何も出来ねェよ。今すぐテキスト持ってきて、やれ。特訓な。もう苦手とか言わせねェから。」

勢いよくペラペラとそんな言葉を掛けられた私は眉間に皺を寄せた総悟先生に睨まれる。

けど、それは怖いものじゃなくて、むしろ嬉しいものだった。

いきなり振り返ってきた総悟先生と勢いの良いその言葉たちにドキッと目を見開きながらも、その言葉の意味を理解した時、私に笑みがこぼれる。はい、と返事をするとニッと総悟先生が笑って、歩いていく。

昨日はあんなところ見ちゃったけど。

気まぐれだし、自分勝手だけど。


だけど、やっぱり私は――――


総悟先生が好きだ。




私は、自然に緩む頬に気付きながらも、胸に広がるこの「好き」という気持ちに以前のような心地よさを取り戻していた。








・・・・・next?