T-09
「ねぇねぇ、そのクッキーってちゃんの手作り?」
総悟先生に教えてもらった時に書いてもらった解説用紙を見ながら、集中していたところに声を掛けられる。この声の主は・・・えっと、名前は・・
「あ、坂田、塾長・・・?」
なんて呼べばいいのかもよくわからないので、ついつい語尾が疑問系になりながら顔を彼に向けると
「いや、銀さ、銀ちゃんでいいって!俺別にあのババァの代わりっつったって、そんな大したことしないし、ここにいるチューターみたいに先生なわけでもないし?ていうかそのクッキー食べちゃダメ?」
「いいですけど・・・。」
何故言い直したんだ。
クッキーの袋を渡すと、彼の目が宝物を見つけた子供のようにキラキラ輝きだす。
「本当に?!やったー!俺、定期的に糖分取らないとダメなんだよね。っつーかうま!」
そんな無邪気な姿にぷっと思わず吹き出してしまう。
意外と話しやすくて、可愛い人なのかな、なんて。
「そんでこれ、やっぱりちゃんの手作りなの?」
「まぁ手作りっていえば手作りですけど・・・調理実習の残りです。」
「へぇー。超うまいんですけど。ちゃんって器用そうだもんねェ〜。」
そう言いながら私のクッキーを美味しそうにほおばる銀ちゃん(・・・って呼べばいいのかな)をよそにまだ会って間もないのによく人の名前を呼ぶなぁ、なんてぼんやりと考える。しかも、私、生徒なのにちゃんって・・
ていうか・・・それより!
「なんで昨日私の名前わかったんですか?」
昨日塾長室に入る前に掛けられた言葉。
『ありがとうな、ちゃん。』
彼の声がよみがえる。
教えてもいないのに名前を知ってるなんてちょっと怖いし、名前を知られるような心当たりは一切無かった。
どっかで会ったっけ・・・?
すると、クッキーを口の中でもぐもぐさせて口の周りにクッキーの粉をつけた彼は、「ん。」と私の英単語帳を指差す。私も、それに合わせて自分の単語帳に目を移す。
あ、なるほど。そういうことか。
単語帳の表紙には私の名前がローマ字で書いてある。つまり、それを読んだってわけか。うんうんと頷いていると、
「俺もさァ、調理実習で可愛い女の子と2人ペアでお菓子作りとかしてみたかったなァ・・けど、俺男子校だったんだよね・・何が好きでムサい男達と仲良く料理なんてするかっての!」
「ふふ、先生ってしかも料理下手そう。絶対彼女に尻敷かれるタイプだよね。」
「先生じゃなくて銀ちゃん!」
「あ。」
「それに俺のお菓子は天下一品だよォ?まっ、特別な子にしか俺は腕は振るわねェけど。」
「へぇ〜、彼女いるんですか?」
「初対面の人にそんなこと聞かないのォー。」
「えー、初対面じゃないじゃないですか。ってか隠すってことはいるんだぁ。」
「ただの凶暴ゴリラ女なんて彼女じゃねェだろ。」
「やっぱり尻に敷かれてんじゃん。」
この人と話してると、自然に会話が弾む。
楽しい。
それから、私達は塾にいるということも忘れて、サボってるところを塾長が呼びにくるまで笑いながら話に花を咲かせていた。
最初は超怪しい人物だと思ってたけど、案外優しそうだし、面白い人かも。
そんなことを「仕事中お菓子を食べくさってサボってるな!」と塾長がキれて、それに言い逃れしようとするも「口に付いたカスが何よりの証拠だァァアア!!!」とグーで殴られるところを私はお腹を抱えて眺めながら思った。
より一層、楽しくなりそう。私の塾生活。
そんな期待を胸にいつの間にか口論に加わる土方先生と総悟先生ら4人を目に私は笑い声を上げながら、これから直面することになるものに何も知る由もなく。
死に物狂いであの人を追いかけることとなる様々なことを詰め込まれるめまぐるしい日々は始まっていたのだった。
・・・・・The end of The 1st Chapter
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