T-03



それから、私は土方先生とも話す機会が増えた。相変わらず、淡々と済まされる問題の解説には、やっぱり総悟先生がいいなぁなんて感じながらも、土方先生を伝って総悟先生の話を聞いたり、3人で話す時間も少しだけど増えてきていた。
けど、やっぱり、総悟先生は気まぐれだった。そして、あの女の子とも話す時間が増えていってるのも、また事実だった。「そうそう、そういえば昨日さァ、」なんて凄く楽しそうに嶋田さんへ話し掛ける総悟先生を見ていると、胸が苦しくなって、自分の女としての価値がわからなくなって、でも塾でそんなことばかり気にしてる場合じゃなくて勉強しろ、総悟先生に見直してもらうためにも勉強しろっていうのも重々承知していて、でもそんな塾なんかで堂々とデカい声で勉強と全然関係ない話をしてる総悟先生にも若干腹が立ってきて、それを楽しそうに聞いているあの女の子も妬ましくて、そんなことに嫉妬する自分がまたバカらしくて、悔しくて、醜くて。目頭がじわっと熱くなって、涙があふれそうなんだって脳で認識したら、鼻までツンとして、さっきよりも胸が苦しくて。


でも、負けちゃダメだ。

そう自分に言い聞かせ、折れる寸前の心を総悟先生がいつも貰っていくから買っているガムを口の中に放り込んで、シャーペンを握りし直した。





少し時間が経った頃、私の机の傍を総悟先生が通りかかった。
私はさっきの汚い自分の感情を隠しながら、総悟先生の服の袖を掴んだ。

「ちょっと沢山あるんですけど・・・」

なんて苦笑しながら、隣のイスを勝手に空けて座ってきた総悟先生の表情があの子に向けていたような笑顔じゃなくて、嫌な予感がした。

「お前、俺以外のチューターに聞かないわけ?」

聞こうと思っていた参考書を探していた私の手が止まる。総悟先生の顔が見れなくて、ただ目の前に積み上げられた参考書を見つめることしか出来なくなる。

「やるなら早くしてくんねェ?」

手を出されて、総悟先生の顔を見ることが出来ないまま印をばっちり付けてあるページを開いて、怒りに触れないようにその手にそおっと置いた。空っぽの心で。

なんだか自然に視界が歪んだ。
いつも笑顔でいるって決めてるけど、無理だった。

「で、どこがわかんねェの?」

総悟先生の顔が見れなくて、ただ指で参考書の文字を指差して、涙がこぼれてしまうのを必死に堪えた。私がどういう顔してるか知ってるくせに、何も言わず、勝手に私の筆箱から何本かペンを取り出してお互い無言のまま、ただ総悟先生が白紙に解説を書き記していく音だけが聞こえて、私は自分のスカートを力なく握り締めて、下を向いていることしか出来なかった。下を向いてるから、いつスカートに涙が零れ落ちてしまうのか、ハラハラした。

「これが電化保存則の式。ここが島だから。で、これがキルヒホッフの式、普通に連立すれば出来る程度の問題だろィ。」
「・・・・・はい。」

私は総悟先生の説明がわかりやすいから頼ってるのに。それがそんなにいけないこと?仮にもあなたは先生で私は生徒でしょ?どうして私がわかりやすいと思った先生を選んで質問してはいけないの?生徒が先生を選んじゃいけないの?なんで総悟先生ばかりに聞いちゃいけないの?

思うことが沢山ありすぎて、総悟先生の解説もいつもより短すぎて、荒すぎて、全然わかんない!
総悟先生の解説の意味がわからないけど、いつもみたいにわかるまで質問できないこの状況に悲しみと悔しさと苛立ちがドロドロと私の中で解け合わさって、私はその一言を口にするのがやっとだった。
その返事を聞いて、総悟先生は何も言わず、去っていった。


総悟先生は気まぐれだ。
いつもは甘い優しい言葉で私を上げて、期待させておいて、時たま私をいきなりこんなふうに突き放す。私が、ファッションのこととか、先生の考え方とか、褒めると満更でもなさそうな表情をするくせに。あの子にはこんな態度を一切出さないくせに。だったら、「優秀な」とか、「俺の期待の星」とか、「お洒落なさん」とか調子のいいこと言わないでよ。私の心をかき乱さないでよ。

私はいてもたってもいられなくなって、教室を飛び出した。









・・・・・next?