V-11
銀ちゃんの言葉どおりやっぱり総悟先生は現れなかった。
もしかしたら、来るんじゃないか。
そんな期待を持てたのも5日前の7時まで。
5日前、銀ちゃんが教えてくれた日から総悟先生は5連勤の予定だった。
あの日、3人で呑みに行って今日で1週間。
ほぼ毎日塾に来るようになって自然に多くの日顔を会わせていた総悟先生。
呆れたんじゃなかったのか。
どうでもよくなったんじゃなかったのか。
諦めがいったんじゃなかったのか。
何度も自分に問い掛けてみた。
けど、問えば問うほど、問題を進めて他の色んな先生の説明を聞けば聞くほど、ここにいればいるほど、私の胸には諦めや呆れや恨みや怒り、そんなものよりも、寂しさ、恋しさ、心配の方が胸に募っていくのが日々確かなものに変わりつつあった。
どの先生よりもやっぱり総悟先生の説明がわかりやすい。
どの先生よりもやっぱり総悟先生がかっこよく見えるの。
もうね、無理なんだよ。
総悟先生がすきなんだよ、私。
気付いちゃったの。
確信しちゃったの。
けどね、もう期待はしないよ。
いつかこの気持ちが消えるまで私は私の気持ちに迷いなく気付いてあげる。
それが私に出来る最大のこと。
期待を抱くことも、諦めることも、もう出来ません。
ただ、すきです。
ねぇ、どこにいますか。
そんなことをずっと勉強しながら考えていた。
だから、今日もこうしてここで机に向かっている。
文具屋で見つけた時につい衝動買いした総悟先生がいつも使ってるシャーペン。
この筆箱可愛いねって言ってくれた犬型の筆箱。
総悟先生が薦めてくれた参考書。
総悟先生が作ってくれた解説のプリント。
総悟先生を思い出すには十分なたくさんのものたち。
それに囲まれた私。
逃げることなんて、無理だったんだよ。
あれから1週間目の今日。
やっぱり最後まで総悟先生は現れなかった。
予感はしていたけど、やっぱり寂しい。
そう思ってしまう自分がいた。
今日は、切れてしまった赤ペンや電球、その他諸々を全て買う為に塾の帰りに総合雑貨店に向かっていた。そこに向かう道は、繁華街の真ん中にあるだけあって、なりふり構わず話しかけてくるホストやウザ絡みしてくる酔っ払いで溢れている日常風景がどうも好きになれない。私は警戒しながら周りを良く見て足を進める。
そこで突然腕を掴まれた。
酔っ払いか、度の過ぎた客引きのホストか、今日は私服なだけあって絡まれる回数も多かったので、しかめっ面を晒して振り返ると、思わず肩に担いでいたカバンを落としそうになった。
自分の目の前に立っているのは、紛れもなくつい数分前まで頭の中でいっぱいだったその人物で、けどいざ目の前に、しかもこの想像もし得なかったここのこの状況で何を言ってどのような反応を示せばいいのかわからない私とただ腕を離さずそこに佇む総悟先生との間にしばらくの沈黙が流れる。
そうして、何も言わず私の手を離した総悟先生は私の方を結局一瞬も見ないまま背を向けて歩いていく。
少しの間停止した視線の先で人ごみに紛れて見えなくなりそうな小さな背中を追って私は急いで走りだした。
総悟先生を追いかけて。
何を言えばいいのかわからない。
けど、小さくて寂しそうで空っぽで、ボロ雑巾みたいになった総悟先生を放っておけなかった。
そして今度は何も言わず進んでいったその腕を掴むと、ビックリする様子はなく既に心のなくなった光の宿らない瞳で、私を見ている。
そしてまた何も言わず進んでいく。
今度こそ離すまいとしっかりと腕を掴んで、私は総悟先生に無言で付いて行った。
・・・・・next?
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