V-06



足が、脳が、今私がここに入ることを拒否している。


会ってどんな顔をすればいいんだろう。


私は塾の入り口で佇んでいた。

今日は総悟先生は来ていないはず。

今日は土方先生は出勤しているのだろうか。

昨日のことを聞いているのだろうか。

総悟先生の出勤日しか知らない私は土方先生の出勤日までは知らない。

尤も、彼女じゃない私は総悟先生が誰に何を話して、今どんな気持ちでいるかなんて知っているはずがないのだ。




お尻を付けずにしゃがみこむのはあんまり好きじゃない。
パンツが見えそうだし、何より足が痺れるから。
しかし、どうも一歩底へ踏み出すことを躊躇する私は、そこにしゃがみこんで佇む。

前もこんなことあったっけ。

そう、あれは総悟先生がさんとホテルに入っていくところを見た次の日だ。

あの時はどうして泣かなかったんだろう。

あの時から私の感覚は狂い始めていたのだろうか。

私は私の気持ちにベールを掛けて自分の気持ちさえ見えなくなっていたなんだろうか。

私の間違いはどこだったんだろう。

そもそも、間違いってなんだろう。

入ることを迷っていたあの日、私を塾に入るよう促したのは、他でもない総悟先生だった。

何も知らない総悟先生。

私の気持ちを知っているはずなのに、私が総悟先生のどんな光景を見て、その口から聞いて、それによってどんな気持ちになっているか人の気も知らない総悟先生が立ちすくむ私を塾の中に入れたんだ。


そして、その日は銀ちゃんがこの塾に来た日でもある。

つい2ヶ月前、いや、1ヶ月前でもいい。

あの時はあんなにも楽しかったのに、どうしてこうなってしまったんだろう。

総悟先生がいて、銀ちゃんがいて、その周りに土方先生や山崎先生がいた。

それでよかったじゃない。

私は一体何を望んだ?

それ以上何を望んでしまった?

あんなにもキラキラした毎日だったのに。
つい昨日のようなのに。

どうして?

ねぇ、誰か教えてよ。

どうやったらもっと苦しまず、今このときを過ごしていられたの?


「あれ、じゃないか。」

名前を呼ばれて、ひざ小僧から声の主に目を上げるとそこには久々に見る人物が立っていた。

「寺田塾長・・。」

落ち込んでいたことを一瞬忘れてしまうくらい、予想していなかった人物に名前を呼ぶこと以外二の句を継げなくなる私に、塾長が近付いてくる。

「どうしたんだい?こんなとこで。」

「いや、別に・・特には何も・・ないんですけど・・。」

本当はあるのに、また嘘をつく私は塾長の顔をはっきり見られなくて、うつむくと少しの間まが空いた。

やっぱり入らないとまずいのだろうか。

「どうなんだい、最近の調子は。こんなところで立ち話もなんだから、今から私の部屋においで。ちょうど、美味しいお菓子を貰ってきたところなんだ。ちょっとくらい息抜きした所で罰も当たらんだろう。」

ちょっとかすれているけれど、声色は非常に優しい言葉に私はゆっくりと顔を上げると、そこには目尻を垂らした人の良さが滲み出た微笑みを浮かべる塾長がいて、私の心は少し落ち着いた。


私は黙って、その背中に付いて行くことにした。








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