V-05



翌朝目覚めるも、昨日の服のまま、化粧そのままでパンパンに腫れ上がった目元グラグラとする頭の痛み。最悪の状態が出揃い、目を覚ました私はベッドの上の手鏡で自分の顔を覗くと、目の下のクマなのか化粧崩れなのかもよくわからない黒ずみに、腫れぼったい目元、涙の筋が出来たパリパリの肌をもう一度それで確認すると、我ながらげっそりする。
ポケットで起こる震えでようやくケータイの存在を思い出す。昨日の記憶と意識が同時並行で少しずつ確かになってきながら重い瞼で見た画面のお知らせには、沢山の銀ちゃんからの着信履歴があった。

心配したのかな。

どこか他人事のように思い巡らせながら、留守電に耳を傾ける。

「ごめんな、ほんっとごめん。明日は来られなくてもいいけど、俺待ってるから。塾、今まで通り来いよ。俺待ってるからな。絶対来い!」

『よ』が30秒のタイムリミットにかき消されるように終えた留守電に私はもう出ることはないだろうと思っていた涙が再びこみ上げてきた。もはや、何が悲しくて何があたたかくて、何をすればいいのかわからない私はもう一度布団に包まって、枕に顔を埋めた。


出来れば聞きたくなかった。
総悟先生の口から、総悟先生の口から、総悟先生の女関係の話なんて。



キスされたい。



そう願ったことは確かにあったけど、あんなシチュエーションでなんて望んではいなかった。


あんな目で見られたのは初めてだった。


いつも自信を秘めて私を虜にする瞳だったのに。


出来ればずっとあんな目で見られたくなかった。

知りたくなかった。

総悟先生の女の子とも、総悟先生のあんな目も、あんなキスの仕方も。なにもかも。


真っ白の枕カバーが、私の涙とアイメイクでしみを作っていく。塗りつぶされていくような枕に私は何故か少しの安心感を覚えながら、それを涙で埋めるように泣いた。





1時間くらい眠っていたのだろうか。

泣きつかれてから再び目覚めると、徐にリビングに向かった。
生憎、日曜日の今日は唯一の母親の休みの日で、リビングに入るとソファに座りながら溜め置きしてあるドラマから一瞬私の方を見るとまたすぐにテレビに目を戻した。私はおはようと消え入るような声で言うも、泣いた酷い顔を見られぬよう下を向いてバスルームに向かう。
今だけは挨拶を返すことも無く、ドラマに夢中になる母親のその様子にありがたいと心から思った。


よごれが落ちるように、この泡で私の頭の中の記憶も綺麗に水に流せればいいのに。

体を洗いながらそんなことを思うも、浴槽の温かいお湯に包まれると、少し気も楽になって、ようやく一息つくことが出来た。

『絶対に来いよ』。

銀ちゃんの声がこだまする。


真剣な瞳で私を真っすぐに見つめ、そう言葉を掛けてくれる銀ちゃんが簡単に想像出来た。

自分を待っててくれる人がいる。

それを思うと、少し恥ずかしいけど胸があったかくなって、少しだけ頬が緩んだ。




お風呂を上がった私は一度ケータイを手に取ったが、やっぱりまだ誰とも話す気になれず、そのままケータイを机に戻した。

今日ばかりは勉強もお休み。
毎日やってる単語帳も、今日はどうしても開く気になれなかった。

そう、どんな悲しいことがあっても、どんなことを総悟先生にされても続けていた単語帳を今日はどうしても開く気になんてなれなかった。

『総悟先生』。

その言葉が脳で浮かぶとまた涙腺が緩んだがすぐに仰向けにベッドに転がり、それを飲み込んだ。


ゆっくり目を閉じた。

明日は塾に行こう。

銀ちゃんの為に。

でも、今日まではお休み。

今日は何も考えず、何もしない。

自分に言い聞かせるように、心に誓う。



明日は総悟先生の出勤日ではない。








・・・・・next?