V-02



女として相手にはしてくれないものの、『〜食べたい』『〜行きたい』と言ったら、銀ちゃんはほとんど連れて行ってくれた。

そして、今日も塾の後ご飯を行く約束がある。

さっき自問したように、あくまで私と銀ちゃんも生徒と先生で、学生と社会人だ。警戒されて、あんまり話せなくなっちゃうのも嫌だから、めったに私からワガママを言うこともなかったし、銀ちゃんも一応『行きたいね』とは言ってるけど、実際に遊びに行ったのは二回だけだ。

とは言え、それから東口のタバコ屋の前が私達の待ち合わせ場所として、決まった場所となって。
今日も今からそこに向かっている。

9時に塾を抜けたものの、「じゃあ今日待ってるね。」という言葉を交わせず、塾を出てきてしまったのが少し気がかりだ。

いつも銀ちゃんが帰れるのは10時頃だから、今まで時間を潰していたのだけれど、メールをまだしていなかった。
ポケットであったまっているケータイを開きながら、場所に足を向かわせる。

『いつもの東口のタバコ屋の前にいるね。』

送信完了の文字を見て、次々と通り過ぎていく人々を上手くかわしながら、進んでいく。
待ち合わせ場所が見えてきて、その場所を視界に入れる。


しかし、そこにはとんでもない人が立っていた。


どうしよう。

ケータイを見ていたその人の顔は不意にこちらを向く。

自分と同じように「あ。」呟いたのであろう相手の口も開いたままだ。

そう、そこに立っていたのは総悟先生だった。

やばい。
どうしよう。
っていうか、どういうこと?
なんでここにいるの?

逃げようにもお互いがお互いに気付いてしまっているのだから、仕方あるまい。

私のつま先も、向かった先はここともう告げてしまっている。

さっきの小走りから打って変わって、ゆっくりと歩き出すことでその距離は縮まっていく。

その時間、私らはきっとお互いに色んな可能性を頭に浮かべながらお互いの意図を探るような目で見つめ合っていた。

「よ、よう。なんでお前がここにいるんでィ。まさかデートですかィ。こんな時間から。見かけによらず、不純ですねィ。」

「違います。先生こそなんでこんなところに・・・?」

「そりゃまぁ・・・」

その時、総悟先生の手に握られてるケータイが光る。

私との会話は中断されて、すぐに電話を耳につけた総悟先生を横目にしながら、どういうことなのか、どうなるのか、あらゆる可能性を頭に張り巡らせる。
その横では、いったん警戒を解いた様子で会話を続ける総悟先生がいる。

「もしもし、何で走ってるんですかィ。今どこってそりゃいつものタバコ屋んとこに、ってあれ?切れてらァ。」

電話に文句を言う総悟先生は、さっきの会話を再開することもなく、私が電話の相手が誰だったのか聞く暇もなく、彼は走ってやってきた。

「銀ちゃん。」と私が呼ぶ声と、総悟先生の「旦那ァ。」っと呟く声がシンクロしたものの、肝心の銀ちゃんは全速力で走ってきたようで腰を折って息を整えている。
そして、まだ整わない息を続けながら、ゆっくりと顔を上げ、苦しそうな顔をこちらに見せる。

「悪ィ、ブッキングしたわ・・・」

そう呟くとゴホゴホと咳き込んで再び頭を下げた銀ちゃんを目の前に私はただ呆然と立ち尽くす。

ブッキング?

私の頭はすぐにその言葉の真意を読み取れない。
しかし、ここに巡り合わせた3人。
そして、こんな人気の少ない待ち合わせ場所。
1つ1つ足元に転がる情報を拾い上げて、整理して、考えられることは唯一つ。

私が今からご飯を食べに行く約束をしていたのは銀ちゃんで、総悟先生が約束していたのも銀ちゃんだということ。

ど、どうしよう・・・・!

私が銀ちゃんとご飯食べに行く予定だったとばれるのもマズいし、私だって自分の気持ちもよくわからない状態で今総悟先生と銀ちゃんを同時に相手にしてご飯を食べるなんて問題大有りだ。

「するってーと何ですかィ。これはもしや」

総悟先生が口を開いて核心に触れる前に。思わぬ状況に流されぬ前に。

「あっ、私じゃあ帰りまーす。2人共お疲れ様でーす。」

苦しくも笑顔を作り、その場を退散しようとするも、手を振るために上げた手は銀ちゃんに掴まれた。

「まぁ待てって。いいよもう、俺が悪ィし、大体いつかは飲むことになってただろ、この面子。」

そして近寄ってきた銀ちゃんが私の肩に腕を乗せて小さな声でささやいた。

「大丈夫だって、俺いるし。」

でも、と言い掛けて右肩に寄りかかる銀ちゃんに話をつけようとするも、銀ちゃんはすり抜けるように私の元から離れ、今度は総悟先生の方へ歩み寄る。

「おめェ、浮かれてハメ外すんじゃねぇぞ。こうなっちまったからには今日は俺の奢りだけど、俺やちゃんに迷惑掛けるようなことしたら即強制送還すっから、そこんとこよく心得ておくように。」

すると、わたしの腕を掴んで、総悟先生の肩に腕を回してずんずんと進んでいく銀ちゃんに私は焦りを隠せないまま、ただ付いて行くことしかできなかった。「ヘイヘイ。」とけだるそうに答える総悟先生の顔も、いつの間にか腕じゃなくて手を繋いで進みだす銀ちゃんの横顔も見れず、いつもの景色は私の目の前を過ぎていく。誰も振り返らず。
振りほどいて逃げることも何か言うことも出来ずに。








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