V-01
あれから、私と銀ちゃんは頻繁にメールや電話をするようになった。それこそ、本来あるべき姿の『家族』のように今日の夕飯は何だったとか、あの先生がこうだったとか、愚痴とかそんなこと。私が地元に着いたことをメールすると電話が掛かってきて、家の玄関に着くまでのおしゃべり。それが、お決まりのコースになっていた。
もう1つ、決まって変わらないもの。私の悩みの種。銀ちゃんの子供扱い。確かに私達は6つも歳が離れている。私が17で、銀ちゃんが23.けど、女の子ならキュンとしちゃうようなことも冗談の中に交えて言ってくれるんだから、こう言っちゃ何だけど、すぐに手を出してくると。いや、せめて、何かしらの進展はあるかと。私は踏んでいた。
けど、この2ヶ月間。変わりなし。やっぱり1枚上手なのかな。
褒めるくせに、あくまで彼氏にはならないつもりの発言。
どんな彼氏ができるのかな。
将来イイ女になるよね。
上げておいて、落とす。
うーん。
うまくいかない。
そんなもどかしさが私の悩みの種だった。
あともう1つわかったこと。それは。
「おう、今日も頑張ってんな。今は・・・物理か。って、これ重問かー・・懐かしいなぁ、この問題集。」
「土方先生も重問使ってたんですか?」
「そうそう。へぇ、しかし結構難しいもの始めたじゃねぇか。」
「うん。セミナー1冊終わったから、買ってみました。」
それから土方先生は私の隣に座る。
土方先生とも大分仲良くなって、土方先生や総悟先生、それに銀ちゃんは雑談をしに私の隣に座ることも今では慣れた光景になりつつある。
そのおかげでわかってきたこと。
「最近銀ちゃん達とあんまり飲みに行かないんですね。」
「そうだな・・俺らもテスト昨日から始まってよ。あ、けど総悟んちには泊まりに行って勉強したりはしてるから、顔は会わせてるんだけど。あいつんち居心地いいんだよな、部屋綺麗だし。山崎の部屋とかいっつも汚くてマジあそこじゃ勉強どころか何も出来ねェ。」
「へぇ〜・・総悟先生って見かけによらず綺麗好き?意外なんですけど。」
「いや、あいつの場合・・・えっ、あ、いや、まぁそうかもな。」
多分、部屋の掃除は女の子がやってくれてるとかそんなところだろう。他にも休憩中食べてるお弁当が人から作ってもらったらしきものだったり。連絡来たか、とか話してるのが女の子のことだったりとか。
私が気付いていなかっただけで、ヒントはたくさん転がってた。それはもうそこらじゅうに。
総悟先生は塾の生徒に手を出してる。
どうして気付かなかったんだろう。
どうして考えなかったんだろう。
土方先生のあのときの言葉も、土方先生と総悟先生のやりとりも、裏に潜んだ事実はこんなに容易く気付くことが出来るようにそこに在ったのに。
私はどうしてちっともその選択肢を考えていなかったんだろう。
それほど私は総悟先生に対して盲目だったということなんだろうか。
「重問薦めたの俺だもんなァ。さん、やっぱり買ってきたんだねィ。」
「えっいや、一応色々と比べて解説がわかりやすそうなのを選んで・・いや!でも、総悟先生が薦めてるくらいならわかりやすくていい問題集なんだろうなと・・思って・・・。」
私は、総悟先生だけに盲目だったわけではない。
現に私は現在進行形で盲目なわけである。
『だった』なんかじゃない。
自分がわからない。
自分の気持ちがわからない。
誰がすきなのか。
銀ちゃんがすきなのか。
総悟先生がすきなのか。
それとも、からかうように自分に構ってくれるカッコイイ人なら誰でも良かったのか。
誰かにかまってもらうことの出来る自分がすきなのか。
恋する自分がすきなのか。
実際に、こうして自分の薦めた参考書を買ってきている私を自分に好意を抱いてると確信し、不敵な笑みを浮かべながら『やっぱり』と言った総悟先生に体温を上げてしまう自分。
その自分の真意は何なのか。
この問題集がわかりやすそうだと自分が思ったことも嘘ではない。
けど、これを買えば総悟先生が話し掛けてきてくれるのではないか。
話題が1つ増えるのではないか。
私は心の底でそう考えていたのではないか。
自分の本当に欲しかったもの。
欲しいもの。
それは今と昔で変わらないのか。
変わってしまったのか。
変わったのなら、今と昔の境界線は銀ちゃんと出逢ったあの日なのか。
総悟先生の人間関係を知ってしまったあの日なのか。
わからない。
何もかも。
頬の温度がゆっくりと下がっていくのに沿うように私の頭の中ではぐるぐる言葉が回る。回路に流れる電流みたいに同じところを何度も、ぐるぐるぐるぐるぐるぐる。
答えは出ない。
出口はない。
どんどんどんどん増えていく言葉達が浮かんでは、また別の疑問が浮上する。文字で埋め尽くされてゆく私の中。
私は一体、何がしたいんだろう。
「あのー、土方先生。」
私達3人の後ろから間を裂くように響いたその声に振り返ると、何やら土方先生をお呼びのようで、「んじゃ。」と手を上げて去っていった土方先生が階段を下りていくと、そこには私と総悟先生の2人だけが残された。
土方先生の背中を見送った2人だけになった割らした地は、お互いの顔を見合すと、私の前の列の机に座っていた総悟先生がひょいとそこを降りて、さっきまで土方先生が座っていた私の隣へ腰掛けた。
「さっ、俺らもやるかィ。優等生さんは俺が付きっ切りで教えねェとスネるからねィ。困ったもんでさァ。」
「スネないですよ!・・けど、ありがたいです・・、ここ、質問しようと思ってたから。」
今ならわかってる。
総悟先生がこんなこというのも、別に私に気がちょっとあるわけではなくて、そういつだって誰にでも自分に惚れた女、惚れさせたい女にはこうやって調子のいいことを言ってるんだって。
わかってる。
私はもう知っている。
そんな誰にでも種をまいて、上手く芽を出したものに甘い水を上げて、見るだけ見て、最後には毟って捨ててしまう。
好きなら好きな子だけにすればいいのに2番手を作って。
それだけじゃなくて、私にもこんな調子のいいこと言って。
ねぇ、総悟先生は何なの?
何のつもりなの?
引いてるよ。
ここって塾でしょ?
勉強するところでしょ?
あなた先生なんでしょ?
相手はあんたの生徒なんでしょ?
でもね、もっとわかんないことがあるよ。
気持ち悪いはずなのに、ドキドキするの。
机の下でさりげなく触れ合っているひざ小僧を意識すると体の体温が上がるの。
目が合うと心臓の鼓動が早くなるの。
ねぇ、なんでだろう?
私のことは私じゃないとわからないはずなのに。
わからないよ。
なんでかな。
私は考え事をしながら会話したり、問題を解くことがいつの間にか上手くなった。
2つの動作を一気に進めているけど、解決するのはいつもどちらか一方だけ。
そして解決されずにずっと残っているものも変わらない。
目に見える方。
私の心の中の迷路は道がどんどん増えてゆくばかり。
ねぇ、なんでなんだろう。
・・・・・next?
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