U-08
「そういえば、よく総悟先生と土方先生とかと飲みに行ってるんだね。」
「お〜、まぁね。」
銀ちゃんが来て、かれこれ1ケ月目になるけど、塾を閉める時間になると「いつものとこにいるぜィ。」とか銀ちゃんに言って塾を出ていく土方先生や総悟先生をよく目にしていた。本当に仲がいいようで、塾の中でも2人や3人で話しているのをよく耳にする。けど、心なしかあまりよろしくなさそうな声色で紡がれた先ほどの銀ちゃんの物言いに私は疑念を抱いた。
「なんかあったの?」
「んー、まぁあったっちゃあったけど、ないと言っちゃない。」
「?」
「あまり遊びに行かないようにすることにしたっつーか。今日も相談があるって言って誘われたけど、あんまり甘やかしてっと、アイツ、キリ無いから。アイツは情けねェ奴だよォ。」
訊いて踏み込んでいいものかと悩みながら、グラスの飲み物を喉に通す。銀ちゃんに続きを促すように見つめると、「言ってもいいのか?」なんて顔に書いてある気がするから、無言で答えた。
もちろん答えはYESだ。
「俺がさァ、たまに話してたちゃんって子わかる?」
「え、あ、うん。嶋田さんでしょ?」
どうしてそこで嶋田さんが出てくるのか嫌な予感がしたが、銀ちゃんは私ではなくどこか遠くを見つめながら話を続ける。
「そうそう、あの子とアイツ実は付き合ってるんだけどさァ、俺ちゃんから相談とか乗ってあげてて。アイツのこと。」
「・・・・へ、へぇ・・・・」
『付き合ってる』。
そのフレーズだけが木霊する。
そのワードだけが頭の個室に木霊する。
その銀ちゃんの言葉だけが何度も何度も木霊した。
なんとなく、2人が塾で会話しているときの雰囲気からしてわかってた。そうでもおかしくないなって思ってた。はず。少なくとも、聞いた今ならそう思う。
ほら、だから涙も出ないんだよ、私。
本当に、なんで涙が出ないんだろう。
なんでだろう。
「た、確かにそんな気はしてたんだよねー!うん、やっぱりそっかー!」
うんうんと頷きながら、真っすぐに見つめた先にある銀ちゃんのネクタイに向かって会話を続けさせた。
私、今、悲しいのかな。
わかってたから悲しくないのかな。
自分の感情もよくわからないまま、自分でも驚くほどに自然に出る笑い声に身を任せた。
多分私笑えてる。
今、笑ってる。
大丈夫。
「俺さ、アイツがちゃんとも関係持ってるって知ってるから別れた方が良いとは思うんだけど。でも、そんなこと俺が言うことでもねェし、どっちかの肩取り持って関係保たせるのも、別れさすのも俺がやることじゃねェし。アイツ、好きな子いるくせに他の女の子にも手出そうとするからいつも痛い目見るんだよ。そんで別れたらすぐにとっかえひっかえでしょ、調子乗り過ぎってやつ。俺そういうの本当に無理。」
「・・・それってさ・・・嶋田さんは本命だけど、神田さんとも付き合ってて、神田さんは遊びってこと・・・?」
自分も想像もしていないような事実が淡々と明らかにされていく。
嘘は一切つかなくて、いつもは私の反応を見ながら話を進めていくはずの人が、私の想像を絶する自分の想い人の実態を私が飲み込む前にどんどんどんどん私という容器に詰め込んでいく。
「・・・・ま、そういうことになるわな。」
少しの沈黙後、返ってきた肯定の言葉は、ここまでくるとさすがに予想していた言葉ではあったはずなものの、信じたくなかった言の葉達。
けど、ここまでくると笑えてくる。
私の好きだった人は、ここまでどうしようもなくて、だらしない人だったんだ。
私がヒーローだと思ってた人はヒーローどころか、たくさんの女を自らの欲望のままに侍らせて悩ませるようなダメ男だったんだ。
バカバカしい。
なんてバカバカしいんだろう。
バカバカしすぎて涙すら出てこないや。
やり場のない思いを口から吐き出した。
「あはは、総悟先生チャラッ!なんかそこまでいくと笑っちゃうわー!っつーか引く!ほんっと、本当に・・・」
「・・・どうしようもないね・・・・」
最後の一言は総悟先生に向けた言葉なんだろうか。
自分に向けた言葉なんだろうか。
自分でも面白いくらい笑がこみ上げてきてた。
悔しさも憎しみも悲しみも寂しさももはや全てを通り越した。
ただ、心の中の広い空間に浮かんでは消える言葉達。
好き
本命
遊び
付き合う
何度も何度も浮かんでははじけて消えてゆく。
そしてまた、浮かび上がる。
チューターと生徒が?
総悟先生が?
噂でそんなことも聞いたことあったけど。そっか。そうだったんだ。
それは凄く面白いゴシップだね。
いや、むしろそれは凄く面白い真実だ。
もう1人の私が笑ってる。
「だからこそ、俺、ちゃんはアイツに渡したくねェーの!」
いつの間にかこっちを向いていた銀ちゃんは、「なっ?」って言葉と共に真剣なまなざしを運んできた。すぐにいつもの笑顔に戻ったけど、あの瞳。真っすぐとこちらを見据えた瞳は。
銀ちゃんはわかってるんだ。今の私の感情を。葛藤も。迷いも。戸惑いも。私の好きな人も。全部。それを知った上での『警告』なんだ。『渡さない』。私を保護するつもりなんだ。傷付く前に。総悟先生の『遊び』にならないように。
銀ちゃんは優しい。
気付いたよ。
教えてくれてありがとう。
でも、その警告の意味、私の気持ち、総悟先生のやってること、全部含めて笑えちゃう。
おかしくて、笑いがこみ上げてくる。
おかしい。
あぁ、なんておかしいんだろう。
「渡さないってさ、はは、そういうところが銀ちゃんはチャラいんだよ。」
「違うよ?俺はチャラくないって!僕はァ、ただあんなクソヤローにちゃんはもったいないと思っただけですゥ。俺くらい、いや、俺よりもずっと良い男と付き合ってくれないとね、月収1000万はあって、頭良くて、イケメンじゃないと!だって、ちゃん、イイ女デキル女だもの。」
「そんな人普通にいるわけないし、そんな欲もないよ・・・私特に欲しい物とかもないし。」
「ほんっとにちゃんってイイ女だわ。あと3人男と付き合ったらもっとイイ女になるね。」
「そりゃどうも〜・・」
「あっ、何その感じ。銀さん真面目に言ってるんだけど!」
それから料理が運ばれてきて、普通の、ごく普通の色んな話をした。何で塾長と知り合いになったのか。銀ちゃんの大学時代のこと。銀ちゃんが飼ってるペットの話。楽しくて、目の前で咲く話の種を私は素直に楽しいと思って楽しんでいた。けど、楽しんでいたけれど、それは8割の私で残りの2割の私はまださっきの話から離れられなかった。
・・・・・next?
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