U-09



それから、お互いの電話番号しか知らなかった私と銀ちゃんは何故か今更メアドを交換して、もう帰らないと親がうるさいだろうし、何より明日私も銀ちゃんも朝から塾でそれぞれの『仕事』があるわけで、店を出ることになった。

結局、あの後総悟先生の話題は銀ちゃんの口から一切触れられることなく、話題豊富な銀ちゃんの話とご飯で心とお腹を満たした。行きはなかった歩きながらの会話が、帰りは隣を歩いて途切れることなく話が弾むことから、心の距離が縮まったのだと勝手に解釈した。

総悟先生のことはやっぱりまだ少し胸の中にシミを残したままだ。
だけど、銀ちゃんとのお喋りは、家のこととか勉強のこととか、私が普段考えたくないこと、考えたくても1人でいると付きまとってくる問題を忘れさせてくれる時間だった。



「銀ちゃん!今日凄く楽しかった。誘ってくれてありがとう。」

改札の前まで送ってくれる銀ちゃんに「連れてきてよかった。今日誘ってよかった。」って思ってもらえるように精一杯の笑顔で。

私の感謝の気持ちが届いてくれればいいな。

また誘ってね、なんて生徒である誘われの身である私が言えないけど、でも、またあったらいいな。

けど、これは言わないよ。


今日こんな時間を過ごせたのは明らかに銀ちゃんのおかげで、それ以上、それ以降を望む権利なんて私にはないんだから。

でもね、もしもまた連れて行ってくれると言うのなら。

「おー!また行こうな!」

「うん!行きたい!銀ちゃんさえ良ければ。」

「あたぼーよォ!じゃあ、また明日。」

「うん、また明日ね。」



少しくらい、頑張ってみようかな。

銀ちゃんが居てくれたから、さっきあんなことを聞いても大丈夫だったのかもしれない。銀ちゃんには彼女がいるけど、私のこと一応『普通の生徒』ではないみたいだし、頑張ったら銀ちゃんのことを落とせるのかな。


総悟先生のことは出来るなら信じたくなかった。
でも、聞きたくなかったわけでもない。あのまま何も知らずずっといるよりも、知っておいた方が良かったのだと思う。それでも傷付かなかったのは、私に話しかけてくれて、かまってくれたら誰でも良かったということなんだろうか。自分のことがよくわからない。でも、銀ちゃんの『彼女』になれたら別に総悟先生のことはいい。のかもしれない。ともかく、総悟先生の言動一つ一つに浮かれるのはもうやめだ。

これからは銀ちゃんにしよう。

いつも笑って、私に笑顔をくれる銀ちゃん。
銀ちゃんでいいじゃない。
すきになってもらえるように努力してみれば、私?



私は自分の心を銀ちゃんに向けることにした。





電車の窓ガラスに映る自分の顔を見つめる。

私って単純なのかな。



でも、間違ってないよね。


私を挟むように私の顔の隣に浮かぶ銀ちゃんの顔と総悟先生の顔。
ガタンゴトンと大きな音と共にトンネルの闇に先に消えていったのは、どちらの顔だったんだろう。



でも、単純に、楽しく生きれるならそれでいい。私はきっと間違ってない。




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今日はありがとうございました。
良かったらまた誘ってください。


きっと銀ちゃんはガツガツいく子は好きじゃない。ボケーっと死んだ魚のような目をしているけれど、なんだかんだ礼儀とかはチェックしていそう。急にデレデレしても、私の心境の変化に気付くはず。

気が回って礼儀正しい女の子。
そばにいても迷惑じゃない特別な子。


そこを狙って、私の計画は遂行されることになる。








私はまだ気が付いていなかった。

自分の気持ちに。
私を騙した私に。
私を隠した私に。


それをあの日に気付くことも。

色とりどりの花が咲き誇るお花畑を巡るメリーゴーランドと思っていたここからはじまる道が、いばらの森を駆けてゆくジェットコースターに乗り込んでいたということも知らずに。

私は心を閉ざすよう閉まった貝のように。
体を隠すように殻に縮こまった二枚貝のように。








・・・・・The end of The 2nd chapter