U-07



幸い、今日は土曜日で私服なので、塾の近くのマックに入って銀ちゃんからの着信を待つことにした。

『ご飯を食べて帰るから遅くなります。』

母親宛に送ったメールは、驚くほど早く『わかった』という了承の返信を運んできた。
これで不安要素は無し。

10時になる手前、単語帳の下で私のケータイが震えた。
ディスプレイに表示される名前は、待ち人だった。

「ごめんな、待った?」
「ううん。」
「お母さんいいって?」
「うん、大丈夫だよ。どこに行けばいいのかな?」
「とりあえず、西口だとやばいから、東口来れる?」
「うん、今から向かうね。」
「おう、俺も今向かってるから。」

塾は西口。だから、やっぱり西口はまずいんだろう。
電話を切った私は足早にそこを出た。
なんかちょっとドキドキしてる。そういう期待を銀ちゃんにしていないわけじゃないけど、向こうは彼女だっているわけだし。けどけど、こんなことがあるなんて、やっぱりちょっと私もドキドキするんだけど・・・。
ど、どうしよう。
簡単に返事してたけど、緊張してきちゃった・・。

心臓の音が心なしか大きくなってきている内に手に持ったケータイが再び着信を知らせる。

「着いた?」
「えっ、あっ、うん。今着いたんだけど、どっ、どこにいる?」
「一番大きなA4の出口に、ってあ!」

会話の途中であったはずの通話はいつの間にか一方的に切られていた。
結局、どこに行けばいいんだろうか。
電話をすぐに掛け直すべきなのか。
でも、向こうも掛けていたら、入れ違いになって掛かりにくくなってしまうんじゃないか。

肩にボンと荒々しく手が置かれて、突然の出来事に私は反射的に振り返る。

「可愛いお姉さん、どこ行くのォ?」

見つけたところを走ってきてくれたのか、少し息が切れた銀ちゃんが立っていた。
会ってすぐにいつものような軽い調子を繰り出す。
私もそれをいつものように受け流す。

「ビックリした。全然わかんなかったよ・・・あぁ、もう今ので一気にお腹すいちゃった。」
「よしっ!うまいビールでも飲みに行くぞ!」

私、お酒飲める歳じゃないんだけど。

少し前を既に出発して歩き出している銀ちゃんの背中に突っ込みを入れながらも、足は小走りでその背中を追った。けど、ちゃんと私が隣に追いつくまで結局途中で止まってくれた銀ちゃんに、やっぱり断らなくて良かったんじゃないかなって心の中で思った。






もくもくと歩くその道は居酒屋街。あまりこっちまで来たことのない私はあまり会話を交わすことなく過ぎてゆく景色に目を泳がせていた。

「ど、どこ行くの・・?」
「古い付き合いの奴がここらへんで店出しててさ・・あ、ここ。ここ。」

そう言って銀ちゃんが足を止めた目の前にある階段を後に続いて下りていくと、銀ちゃんが入り口の引き戸を引いた。

「いらっしゃいませ。って銀時。貴様、また、」
「2人。おいヅラ、俺ビールと灰皿。」
「ヅラじゃない、桂だ!」

飲食店なのにもかかわらず、サラサラとした黒い長髪を揺らし、銀ちゃんと親しげ(?)な挨拶を交わすその人は、「2人」という言葉を聞くと、後ろの私に目を向けた。目が合った私は、軽く会釈すると、向こうから手を差し出された。

「桂だ。銀時とは古い付き合いでな。一応ここの店のオーナーを務めている。まぁ、くつろいでいってくれたまえ。」

差し出された右手に私も右手を差し出すと、ぎゅっと握るその強さと、真っすぐとこちらを見つめる瞳には全く濁りがなく、普通にいい人そうだなと思い、安心した。
奥の部屋に通されて、メニューを渡される。

「なんでもちゃんの好きなもの頼んで。あ、ただし、このうに料理はダメね。文無しになるから。あっ、お酒飲む?どーせ、女の子だからカシオレとかファジーネーブルとかでしょ?かっわいいわ〜。」

ぷぷっと笑われながらも、ファーストオーダーを待ってる桂さんに小さい声で、唯一飲んだことのあるカシスオレンジを頼むと銀ちゃんとは対照的に一切笑っていない桂さんは「了解した。」という声を残し、キッチンへ戻っていった。


「サラダとかどれがいいかな?」
「任せる。ちゃんが決めてくれたら喜んでそれ食べます!」
「えっ、うーん、私こういうの任されるの苦手なんだけど・・・それはそうと、仕事結構長引くんだね。」
「ごめんなァ、待たせちゃって。総一郎くんに誘われてさ、断るのに時間取られたりもしたし、生徒の親から電話きたり、案外ささっと帰れないんだよね。」
「そ、そっか・・。思ったよりも大変なんだね!」
「あれ、ツッコミなし?」

総一郎くんこと総悟先生の名前に少し動揺しながらも、それを隠すように返事したところで、店員がオーダーを取りにきたから、写真を見て適当に急いで何品か頼むと、入れ替わりでファーストオーダーのお酒が運ばれてきて、2人きりになった個室で私達は言わずともグラスを掲げた。

「「かんぱーい。」」

カチャンとなったグラスを口へ運ぶと甘いフルーツの味とお酒の少しくらっとくる香りが口に広がる。小さなため息をつくと同時に向かい側ではぷはぁ〜という吐息のすぐ後にジョッキを机に叩きつける音が続いた。

「おやじくさっ。」

そう一言笑いと共にこぼれた言葉に銀ちゃんは平然とした顔で会話を繋げる。

「もう気付けばオッサンだよォ〜、こんなカワイイ飲み物頼んじゃう子とご飯とか久々だわ。」
「うそつけ、彼女と食事くらい行ってんでしょ。」
「うそじゃねェって、俺の周りは男も女もビール教です!まじ浮気したァーい。」
「とか言って、絶対銀ちゃんは浮気なんてしないよ。」
「したい!まじちゃんみたいな子なら大歓迎!あぁあ、ちゃんは一体どんな男の子と付き合うんだろう。ちょっとやそっとの男じゃ俺納得できないわ。もったいねェもん。」
「またまた・・」

銀ちゃんは凄く良くしてくれるけど、絶対に私に手を出さない。それはこういうセリフからもよくわかる。調子の良いことを言うけど、本気で口説いてるわけじゃない。一線が引かれてるから、私も期待はしてない。・・・つもり。
女の子としては扱ってくれてるけど、ガキ扱いはされている。普段周りからは大人っぽいとか落ち着いてるとか言われる私でも、銀ちゃんにはまだまだ子供に見えるということなのだろう。しかし、褒めるようなからかうようなそんな銀ちゃんのあしらいは私は嫌いではなかった。いや、むしろ居心地のよさを感じていた。

それに、私の好きな人は一応いるわけだし。総悟先生という人が。








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