U-05
土曜日はチューターが2時から自習室を周りだす。入ってきて一番近くの席に座る私と2時ぴったりに自習室に顔を出した総悟先生はお互いに「おっ!」と挨拶代わりの無言のやりとりを交わすと、総悟先生はこちらに歩いてきたかと思ったら、私の隣に座り込んだ。
座り込むや否や、自分の来ているTシャツをピンと伸ばして私に主張を始めた。
「おいおい、これ見ろィ。このTシャツ可愛くね?」
「ほんとだ、可愛い!」
そこには可愛らしい犬のキャラクターとペンギンのようなキャラクターがプリントされている。たしか、犬の方が定春で、ペンギンみたいなのがエリザベスだ。総悟先生ってこういうのも好きなんだ。ちょっと意外かも。
でも、それを自慢げに見せてくる総悟先生の方が可愛い・・・!
「つい気に入って買っちまったぜィ。俺って本当に服には目がねェっつーか、気に入った服だけは何も考えずポンポン買っちまうんだよなァ。」
「総悟先生っておしゃれですよね。服とか毎回違うし。ちょくちょく洋服にお金取られる感じ?」
「ちょくちょくどころか大半でさァ。毎月カードの請求書が来る度に手が震える。」
いつの間にか、なっていた。気軽に雑談が交わせる仲に。
いつの間に、叶っていた。初めの頃、望んで目標としていた関係に。
『いつの間に』と言っても、そこには毎回毎回質問を終えて去っていこうとする総悟先生を引き止める目的と総悟先生のことを少しでも知る目的で、そういえばって感じを装って何気ない話題を作ってる内に成し得たもので、『気軽に』と言ってもドキドキしないと言ったら嘘になる。ただ、こんな状況に満足してきてるのかもしれない。片想いという平行線の進歩のない状況に。
服の趣味とか買い物場所などを今回もいつものようにさりげなく頭でデータ化しながら、自然に話が切り上げる。
「どーせ質問あんだろィ。」
「うーん、ある。この熱力学の問題わかんなくって。」
「優等生さんがわからないときちゃ、そりゃあ心配だなァ。早く貸しな。もう〜、さんは俺がいねェとどうしようもねェんだから。」
そんな強気な発言にアタフタしている私を挑発するように笑みを浮かべた表情で、私を見透かすように少しの間私を見つめたが、その目はすぐに問題集へ移った。
やっぱり私の気持ちってバレてんのかな。
こんな調子のいいこと、すきじゃない人なら笑っちゃうようなこんな発言をされててもドキドキしている私は、やっぱりまだ総悟先生のことがすきってことなんだろうな。
ちょっと頬のあたりが熱くなるのを感じた。
銀ちゃんがいるようになって、少しはこの気持ちが弱くなったと思ってたんだけど、やっぱり2人でいると、こういう調子のいいことを言えてしまう自信過剰さや「〜ちょうだい」とシャー芯やガムその他諸々をわざわざ私にせびってくるのがまた嬉しいし、そんな総悟先生にさえときめいてしまう。銀ちゃんといると、またちょっと別の目で見ちゃうんだけど。
と、銀ちゃんのことを少し考えていると、
「いいなぁ〜、俺もちゃんに何か教えたいなァ・・」
私も総悟先生もビックリして勢いよく振り向くと、私達の目の高さと同じところに銀ちゃんの顔があった。気付かぬ内に、私たちのイスにそれぞれ両手を掛けてしゃがみこんでいる。
「旦那ァ、ビックリさせないで下せェ。ちびるかと思いやした。」
「そうだよ、かなりビックリした・・ってか旦那って・・」
「何でもいつでも奢ってくれる所謂万事屋の旦那でさァ。」
「ちょっとちょっとやめてくんない。初回は俺が確かに一番年上だから出したけどさァ、そういうキャラにしてもらっちゃ困るよ。」
「じゃあ、土方のヤローがこれから毎回奢りってことでもいいですぜィ。とりあえず一番年下の俺は絶対に回ってこない役回りでさァ。」
「聞いた?ちゃん。コイツちょっと調子乗りすぎじゃない?」
この2人が集まると毎度こんな感じでその場が盛り上がる。その輪の中で、私はあまり口を出さずとも目の前に繰り広げられるやりとりを傍で見ながら笑いを貰っているわけで。
「それはそうと旦那ァ、昨日なんで電話に出なかったんでさァ。土方のヤローと飲んでたんですが、2人だとなんかつまんねェから呼ぼうと思ったのにずっと通話中でしたぜィ?」
昨日の夜、電話していたとなると、私のことなのだろうか。
なんだか胸がドキドキして、ここでまさか言っちゃうのか、秘密にするのか、どうするのか、出方を伺うようにチラと目を向けると、その横顔は一時真顔になったが、すぐに普段の緩い顔に戻る。
「俺の特別な子の人生相談を受けてたんですぅ〜。付き合えなくて悪かったな。」
総悟先生を見つめた銀ちゃんの横顔を私は見やるが、一瞬私の方を見るとニッと笑う。
なんでだかドキドキしちゃうじゃないか。総悟先生の前だっつーのに。
総悟先生は大袈裟にお手上げのポーズをすると、ため息を吐いた。
「はぁ、のろ気ですかィ?彼女って言わないところがまたヤらしいやァ。」
「・・・ん?!やっぱ銀ちゃんって彼女いるんだ?!」
銀ちゃんとのアイコンタクトで少し気は緩んだが、思わぬ話題に私はイスの背もたれから勢いよく体を起こした。
「で?いるの?」
「・・まぁいるけど・・」
「知らなかったんですかィ?なんでィ、てっきり知ってるものかと・・。」
「だって、前に聞いてもはぐらかされたから。まぁいるんだろうなとは思ってたけど。でも銀ちゃんって口が上手いし、いっぱい女いそう。大学とか高校で超波乱な恋愛いくつもしてきてそうだもん。女からビンタされた数は数知れません、みたいな。」
「なにそれ!ちょっと大きな誤解してるみたいなんだけど。俺はピュア。純粋な男の子です。」
銀ちゃんがピュアなんて結び付けようとしてもかけらも結び付かなそうな言葉に2人で吹き出すと、その様子が不服なのか、銀ちゃんが口を尖らせて反撃しだす。
「それを言うなら、君の方こそ付き合ってきた人何人よ?俺言っておくけど3人だもん。これ本当だから。3人だよ?3人。ピュアだろ!」
「付き合ってた数なんていちいち数えねェし、覚えてないでしょう普通。ってか3っていう数字が妙にリアルさを匂わせてますけど、旦那の場合余計怪しいだろィ。」
こうして幕を上げたどっちがチャラいか比べ。総悟先生は塾でも可愛い女の生徒に愛想良くしている様子と、付き合った数を覚えてないなんてチャラさ丸出しの発言を考えても、突っ込みどころは満載だったけど、惚れた弱みというか、私は総悟先生の女関係については何もコメントしなかった。いや正しくは出来なかったわけだけど、それこそどんぐりの背比べだと思うんだけど。
私は、私を差し置いて熱く討論しあう2人を困ったように笑いながらその比べっこの成り行きを背もたれに体を預けて見守った。
気は済んだのか、結局銀ちゃんが「あーもうやめやめ!」と話を切ると、私の肩に手を置いた。
「こんなことしてるところ見つかったらガミガミ言われちまうから俺そろそろ行くわ。あ、ちゃん、バッチリ。ありがとうな。」
バッチリという言葉と肩に乗せられた手の意味を認識すると、結局振り込んでくれたのかと腑に落ちない気持ちが生まれる。総悟先生の前で何か怪しい香りを出す言葉を出さなかったのは銀ちゃんなりの配慮なんだろうか。自己防衛なのか。まぁ、いずれにせよ、私にとって好都合だった。
私は無言で頷くと、銀ちゃんもそんな私を見てか、眉をハの字に下げて少し安心したみたいだ。
銀ちゃんが見えなくなると、ようやく私達も自らの仕事と話の前にやろうとしていたことを思い出したかのようにお互いの顔を見合わせる。
「さっ、俺達も仕事するかィ。」
気持ちを切り替えると、総悟先生のいつも通りわかりやすい解説を聞く時間が再開した。
・・・・・next?
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