U-02
「・・・ってことでさァ。となる訳なんだが・・・合ってんのかねィ、これ。」
一通り自分の考えた答案を解説し終えた総悟先生は、最終的な答えの数値だけ書かれた問題集の一番後ろのページをめくる。
「・・・答えは・・・おお!12通り!さすが俺!!」
ガッツポーズを作る総悟先生に、わお、本当だ、さすが!と私も嬉しくなって、言葉をこぼす。
うーん、やっぱり凄い。総悟先生は。
「俺、まだ今日全然周れてないから、ちょっくら行って来るぜィ。俺いなくてもちゃんと勉強しろよォ〜。」
そう言い残し、去っていく総悟先生の背中を見送り、やっぱり、総悟先生の説明はとびっきりわかりやすいんだよなぁ・・・と改めて実感する。
うん、やっぱりわかりやすい。そして、いちいちかっこいい。
ふと別の方向を向くと、前から歩いてくる銀ちゃんと目が合う。銀ちゃんが教会でお祈りを捧げるように合わせた両手とどこか上の空の表情をわざとらしく作る。
繋ぎ合わせた両手を頬に寄せるポーズ。
ん・・・?これって・・
自分の姿を確認すると今正に自分の取っている格好と銀ちゃんのポーズがシンクロしていることに気付く。真似をしてバカにされていることにようやく気付いた私は、赤くなりながらも、からかってきた銀ちゃんに力一杯の眼を飛ばした。
「なぁ〜にポヤっとしてんのォ?ちゃん、カ〜ワ〜イ〜イ〜!」
「ううううるさいなぁ!大体浮かれてないし!」
話しながら横にやってくる銀ちゃんの体を顔見られぬようにぐいぐいと押し返す。
総悟先生まだこの部屋にいるんだから止めてくれ・・・!
顔のほてりが静まることを願う。
それはそうと、と話を切り出す銀ちゃんにようやく冷めたであろうか顔を上げた。
「ちゃんの今月分の月謝振り込まれてないって言うんだけど、家にちょっと確認とってみてくんねぇ?」
いきなり耳打ちしてくるから何事かと思いきや・・・
確かにコレは小声で話してくれたことがありがたい。
「今すぐの方がいいよね?電話しようか?」
「いやいやいいよ!ちょうど今日の17時が締め切りだったんだけど、いつもちゃんと入れて下さってるみたいだから、忘れてるだけかもしんねェし。こっちから電話すんのもアレだから、今日家帰ったら聞いてみてくんない?」
「了解です。」
何やってんだか。
そう思いながらも、忘れないようにしなきゃと頭に焼き付ける。
「サンキュー。そんじゃ、浮かれてねェで勉強しろよォ〜♪」
言うと同時に頭をワシャワシャとかき回される。案の定グチャグチャになった髪の毛を必死に手櫛で整えながら「ちょっと!」と睨みつけるも言い切る前に背中越しに手だけ振って姿を消していた。
あんにゃろう・・・!
しかも見られていたとは・・・!
羞恥を晒されたことを思い起こし、腹を立てるも、なんだかんだ言ってそうからかわれても私も本気で怒っているわけではない。銀ちゃんがここに来る前も、総悟先生と出会って総悟先生を好きになれたから、楽しかった。けど、銀ちゃんが来てスパイスが加わった。更に楽しくなった。こんな意味の無いやりとりも、今では私の塾の生活を彩っているものの一つで、銀ちゃんには何をされても憎めない。警戒してても、怒っても、気付いた時には毒を抜かれている。彼には、そんな魅力がある。思わず、ふとこばれた笑みに自分自身胸がぽかぽかと温まるのをきちんと私はこの時自覚していた。
荷物をロッカーに詰め終えて、塾を出ようとエレベーターが来るのを待つ。このビルを出たら、母親に確認しないといけないことがある。それを考えると急に心細くなって、1人の帰路の寂しさに、誰かに会って挨拶の一言でも交わせないかなと頭の片隅で考えるも、誰にも会わないまま、エレベーターの扉は開いた。
TLLLL....
「もしもし?今帰りなんだけど、塾の月謝の振込み、今月分まだ支払ってないみたいだね。今日締め切りだったから、先生が聞いてみてくれって。」
「一日仕事で疲れている母親にいきなりお金の話?あんた頭おかしいんじゃないの?ちょっとは家事をやるとかよその子みたいに親を手伝おうとかたまには思わないなんて、私、育て方を間違えたかしら。」
「だって、重要な話でしょ。」
「成績も大して変わらない塾の話が重要かしら?化粧までして行って、あなたは本当に勉強をしに塾に行ってるの?」
「・・・」
「これを機にやめなさいよ。あんたはまずは家事をこなすことか「いやだ・・」
体が以前に小刻みに震えて、怒りと悔しさが体の奥からじわじわと滲み出てくる。
成績が変わらない?
勉強してるか?
勉強の楽しみを何も知らなかった私に解くことの面白さを教えてくれたのは、総悟先生だ。
そして、総悟先生に出会ったのはこの塾だ。
私にとって大切なものが詰まったこの塾をやめる?
「絶対に嫌!!!!塾は絶対にやめたりしない!お母さんが塾のことの何を知ってるの?私の頑張りの何を知ってるの?あそこにいる人達の凄さの何を知ってるの?適当なこと言わないで!!!」
頬に伝うものをぬぐいもせず、私は自分でも信じられないくらいの声で怒鳴りつけていた。
道のど真ん中で、普段はぶつかっても振り返りもしない人達がこっちを見つめているけど、何も気にならなかった。
私は自然に走り出していた。
・・・・・next?
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