U-01
銀ちゃんが入ってきて、1ヶ月が経った。
この1ヶ月で変わったこと。それは銀ちゃんが入ってきたことをはじめとして、「銀ちゃん」と彼のことを気軽に呼べるようになったこと。銀ちゃんが勉強の合間、見計らったように話し掛けてくるようになったおかげで、気まぐれな総悟先生の態度に振り回されなくなったこと。心の余裕が生まれたこと。銀ちゃんを介して、総悟先生や土方先生、山崎先生と話す機会が更に増えたこと。
銀ちゃんの登場は、私のこの登勢塾での生活に結構大きな変化を与えていた。
銀ちゃんと総悟先生の2人や、その2人プラス土方先生の3人で、塾の後、よく飲みにいってるみたいで、そんな話も耳にすることが多い。多分3人は仲良しなんだと思う。それは、総悟先生がすきな私にとって好都合でもある。自分で言うのもなんだけど、自分は結構銀ちゃんのお気に入りの生徒の枠に入ってると思う。軽いノリで話も面白いけど、見掛けによらず、ちゃんと進路相談にも乗る銀ちゃんは早1か月で生徒の間でも人気が出ていた。塾に来ると、「ねぇ、銀さん頼むよ〜」なんて生徒に次から次へと話しかけられる姿も度々目にする。死んだ魚のような目をしているのは置いておいて、初日の胡散臭そうなメガネをコンタクトに変えてきてからは案外ちゃんと見るとイケメンなんだな、なんて気付いたのは、きっと私だけじゃないのだろう。女の生徒集団に囲まれているのもよく見かける。けど、銀ちゃんが仕事の合間を縫って、自習室に入ってくるとちょっかいを出して銀ちゃんの方から話し掛ける生徒は大体決まっていて、私もその1人、というわけである。そんなこともあってか、気さくで誰とでも割と話す銀ちゃんを交えて、色んなチューターと3人ないしはそれ以上で話す機会もここ1か月で増えた気がする。
銀ちゃんと話すのは普通に楽しい。それに、数いる生徒の中でわざわざ自分に話し掛けに来てくれるのが、たまに勉強の邪魔であったりするものの、嬉しくて、さりげない優越感を感じているのも、また確かであった。
この間、たまたま授業が一緒で何度か喋ったことのある子に言われた。
「ちゃんって、銀さんのお気に入りだよね。」と。
え、そうかなぁなんて言いながらも、やっぱりそうだよねぇなんて実は心の中で思ったりして、思わず口角が上がってしまったのを今でも覚えている。
総悟先生はもちろん好き。
でも、銀ちゃんが話し掛けてくれるようになってから、得る優越感のおかげか、総悟先生が嶋田さんや神田さんと仲睦まじく話しているところを見掛けても、前ほど苛立ちや心苦しさを感じなくなった。それに、ドキドキしすぎたりせず、総悟先生とお喋り出来るようになった。これが心の余裕ってやつだろうか。何にせよ、今の状況に私は満足していた。
心を平和に保って、今まで通り総悟先生と仲良く出来る。銀ちゃんと話せる。他の先生とも喋れる。
はっきり言って、今の状況はおいしい。凄くおいしい。
本当は今すぐにでも総悟先生と付き合いたい。好きって言われたい。抱きしめられたい。手を繋ぎたい。キスしたい。されたい。
けどね、それを願うと何かが壊れていってしまう気がするの。
総悟先生はまだ手に入らない。
今追いかけて、好きだって言っても、きっと傷つくのは自分だから。
だからこそ、今のこの状態がずっと続けばいいのになぁ。
最近の私はふとそんなことを考えている。
ねぇ、総悟先生。
総悟先生を手にいれたいと思うことが高望みならば、
今の状況がずっと続くことくらい願ってもいいでしょ?
私の隣で、私が途中で放り投げた、解答のない数学の問題を総悟先生は解いている。
その横顔に想いを送るも、私の心の中の問いかけは返ってくることはない。
しかし、真面目なその横顔に、やっぱり恋焦がれる気持ちはなくなったとは言えない。
「何見てんでィ。てめェは俺が言ってた問題解けたんかィ!」
『かィ』の最後の文節と共に近付いてきた総悟先生の顔。
ではなくて。
「痛っ!」
おでこの痛み。
私が自分のことで思い悩んでいるなんて考えてもいなさそうな総悟先生は私のおでこにデコピンを食らわせたのだ。
くそぅ。ドキドキする自分が憎い。
「解けてないです・・・」
赤くなる顔を見られぬよう、ヒリヒリ痛むおでこを押さえて下を向く。
地味に痛い。これ本気だっただろ。
「まじですかィ。俺、わかっちったかも。」
「本当ですか?!」
その言葉と共に顔を上げると、
「ぷっ、おでこ赤いぜィ。」。
笑われたことに悔しさを感じ、頬を膨らませるも、総悟先生の笑顔に結局「もう・・・!」と笑ってしまう。
私に悪びれた様子もなく「はい集中〜!」なんて言い出す彼に私の微笑みは止まない。
あぁ、やっぱり私この人が好きだ。愛おしい。
・・・・・next?
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