目覚まし時計のベルと共に目覚めた朝。
朝は早くから真選組の食事の用意をしたり家事をするのが屯所の女中の仕事である。
いつもどおりの目覚めだが、今日は特別なイベントのある日だった。
私は、机にあるカレンダーの横にある顔がくり貫かれたかぼちゃを見つめ、眠気から目覚めた。
*
そう、今日はHelloweenである。
折角のイベントなのだから、と思い今日は食堂の机にジャックオーランタンを並べる。
キツイ目をしているのにどこか可愛げのある小さいサイズのジャックオーランタンを机に置いていった。
そして、この日の為に実は自腹を切ってお菓子をカバンに潜めていたりする。
朝ごはんの時間の頃になると次々と隊士達がやってきた。
いつもどおり、隊士達がガヤガヤと何やら会話をしながら食堂へやってくる。
面白いことに、朝から仮装そしてきた隊士もいて朝食を配ると同時に「トリック・オア・トリート」と声をかけられたり。
笑顔で快くお菓子を配る。
こんな朝だから、朝の眠さも辛さも吹っ飛ぶ。
ここの仕事は楽しい。
毎日色んな人に笑わせてもらって、親切な人ばかりのこの職場は私にとても満足感を覚えているのだ。
トリックオアトリートの声に笑顔を返しながらいつもの楽しい朝の食事の時間を過ごしているときだった。
ドカーン
は?
と一瞬と惑ったものの、すぐにこの騒動の原因となる人物が頭に浮かんだ。
私の中で思い浮かんだ人物が煙の中からだんだんと姿を明確に現してきた。
ミルクティーのような綺麗な茶髪が灰色の煙の中から浮かび上がる。
あぁ、やっぱりと思った。
「てめぇ朝一番に顔をあわせた途端に殺そうとしてくるとはどういうつもりだ、てめェェェェ!!!!」
「トリックオアトリートでさァ。どうせ土方さんはお菓子持ってないんだろィ?」
その怒声の主は副隊長の土方さんで、その話し相手が一番隊隊長の沖田総悟。
こんなことは屯所の中では日常で、あの2人が揃うと特に物の破壊確率が急激に高くなる。
最初はビックリしていたが、もう女中をやってきてしばらく経った今では音に一瞬ビックリする程度になった。
慣れていいものではないと思うが。
「確かに菓子は持ってねェが、てめェがしてんのはいたずらじゃなくて殺人未遂だァァァ!!」
「お化けをなめちゃいけねェですぜ、土方さん。今時のお化けならこのくらいしまさァ。」
「一発殴ってもいい?」
そんな会話が続くものだから、この爆発に困ってはいるものの、つい笑みを浮かべてしまう。
2人がブツブツいいながらこちらへ朝食をとりに来る。
「おはようございます。」
「あぁ、いつもご苦労な。」
「土方さんこそ、いつも朝からご苦労さまです。」
「本当だよ、いつ何時でも気が抜けねェよ。」
冗談半分で笑って言っているけれども、土方さんは本当にいつも頑張ってるもんだから思わず苦笑しながらお味噌汁を渡した。
しかも、その困らせている人が人なだけになんとも複雑な罪悪感である。
「おはよ。」
「おはよーごぜェます。」
「あんんまり土方さんに迷惑かけちゃだめだよ、総悟。」
「あれは迷惑かけてんじゃねェ、暗殺しようとしてるんでィ。」
ちょっと面白いとか思ってしまった自分が駄目だと思った。
もう、と言いながら、こちらにもまた苦笑して返す。
総悟は、私の彼氏なのだ。
だから、先ほど述べたように土方さんに申し訳ない気持ちがあるわけで。
しかし、どうにもこうにもこのSに『超』と『ド』がダブルでくっ付く上にワガママなサディステッィ星の王子は私にも到底手なずけることは困難としている。
「それより良かったですねィ、一昨日はあんな腰痛そうにしてて朝辛かったみてェだけど今日は元気そうで安心しましたぜィ。」
一昨日・・・
耳に確かに入った台詞が脳に伝わり、記憶を辿る。
先ほど述べたとおり、この王子に私も振り回されっぱなしであり、それはもちろん夜でもそうであって。
散々な目に遭わせられているわけで、まさにそれが一昨日の出来事である。
しかし、そのことを全然悪いとも思ってなさそうな(いや、絶対に思っていない)奴に頭に血が上った。
そんな態度の奴を睨み付けてやると、彼はものともせず逆に満足げな顔をして私の手にある味噌汁を取っていった。
通って行った後も背中を睨み付けてやると、くるっと後ろを振り返るもんだから慌てて表情を戻す。
そして、今日部屋いるから、なんて言い残して再び去っていった。
今度は、じゃ、という感じで右手を上げて。
それを素直に嬉しいと思った私は、やっぱり彼に振り回されているといわれても強ち間違えでは無いだろう。
朝食の仕事を終えてもまだまだ仕事は沢山残っていた。
洗濯や買出し、掃除など他の女中ともその日の朝に分担表が配られる。
そして、毎日夜まで仕事でコテンパンに疲れさせれ、女中の一日が終わるわけだ。
隊士より遅めの限られた女中の入浴の時間を終え、その日の疲れを癒したところで総悟の部屋へ向った。
襖の前で軽くノックをする。
すると、スタンという音と共に襖が左に動いて、もう隊服から着物に着替えた総悟が現れた。
入んなせェと言う言葉と共に部屋に足を踏み入れた。
「はぁ、疲れた〜。」
そう言って畳に腰を下ろす。
すると、自然に総悟も横に腰を下ろす。
「俺も疲れまさァ、毎日クタクタですぜィ。」
「嘘つけ、土方さんが毎日総悟のこと探し回ってるよ。」
「だから見つからないようにするのに苦労してるんでィ。」
「土方さん可哀想。」
フンと鼻を鳴らし、相変わらず全然悪いと思っていなさそうな総悟にまた笑みがこみ上げる。
総悟と話すと土方さんがよく出てくる。
喧嘩をするけど、本当は仲が良くて兄弟みたいだなぁなんて思う。
まぁあのレベルはもはや喧嘩というより乱闘だが。
「の方はどうなんでィ、最近は。」
「いつも通りだよ。大変だけど楽しいから大丈夫。」
「そうかィ。」
こんなふうに何日に一回か私が総悟の部屋に訪れる。
お互い最近のことを話してるうちに、大した話ではないんだけど総悟と話すこの時間もまた私の疲れを癒す時間でもある。
他愛もない会話を続けながら、笑ったり怒ったりして、時間が流れる。
あ、なんていきなり総悟が私の少し横を見ているものだから、私も総悟の視線の先に目をやった、
そこには私のカバン。
「何?」
「お菓子出てる。」
一回話すために総悟に向けた視線をまた私のカバンの方に戻すと、朝今日一日の為に買ったお菓子の袋が少し顔を出していた。
「お風呂上がってそのまま来ちゃったから今日持ち歩いてた荷物そのまま全部入ってるからさ。今日がハロウィンなのは総悟も知ってたでしょ?」
「もちろんでさァ。」
「欲しいの?」
そう言って後ろを向いてカバンを取ろうした瞬間に総悟が急に至近距離に来るものだから、私はビックリして目を閉じた。
唇に噛み付かれたと思えば、肩を押され、後ろには誰も入っていなかったことがわかる少し冷ための布団が着物越しに背中を触れた。
少し眺めの口付けをされると、うまく思考回路の回らない状態で唇を離される。
「Trick or treat。」
そう言いながら、未だ彼は私の肩を布団に押し付けたまま。
「だから、お菓子ならあげるってば・・しかも総悟仮装して無いでしょ。そのセリフを言うのはお化け、仮装した人だよ・・」
後ろが布団ということで当たり前的に嫌な予感がして、そう恐る恐る言うと次の瞬間また口付けをされる。
今度はほんの少しの間のフレンチキス。
私もだんだんと雰囲気に飲まれ、頭がうまく働かなくなってくる内に、それを察してか総悟は首へと顔をうずめた。
息が詰まってきて、本格的に頭が働かなくなってくる。
そんな私に彼は耳元でさ囁いた。
俺が望むもの全てをくれないと、とイタズラしまさァ、と。
甘い甘い声で。
そして私は、彼の今日何度目かあの満足げな口元と表情に酔いしれる。
そんな彼の背中に私は黒い翼が見えた気がする。
そうだ、彼は仮装をしていたんだ。
悪魔に。
それも、とても貪欲な我侭な悪魔に。
彼は仮装した。貪欲な、